新旧入り混じるドイツの著名な建築物。ドイツの有名建築ベスト5

ドイツといえば、ビール、ソーセージのほかにも、その豪華な建築物を思い浮かべる方も少なからずいらっしゃると思います。
今日はドイツで有名な建築のベスト5を紹介したいと思います。

目次

ドイツにある有名建築物ベスト5を大解説

フランスやイギリスには日本人なら誰でも知っているパリのエッフェル塔やロンドンの国会議事堂があります。

しかし同じヨーロッパのドイツもたくさんの歴史があり、戦争や災害に巻き込まれた中、今でも残っている歴史のある建築物や近代的なビルなどもあります。
今回は新旧両方から有名な建築物をご紹介します。

1.ブランデンブルク門

Valentin SonntagによるPixabayからの画像

ベルリンのランドマークであり、ドイツの分裂を克服したシンボルとして有名なブランデンブルク門は、ベルリンのミッテ地区にあるパリエル広場にあり、14のベルリン市の門の中で唯一保存されている門です。

この建物は、フレデリック・ウィリアム2世の命令で建てられ、アテネのプロピレンをモチーフに、カール・ゴッタルド・ランハンスよって1788年から1791年にかけて建設されました。ベルリンで最初の砂岩でできた古典主義の建物だと考えられています。

ブランデンブルク門は、高さ26メートル、幅66メートルの大きさで、1868年にはヨハン・ハインリヒ・ストラックによって拡張され、側廊を含むようになりました。
6つのドーリック様式の柱が5つの通路を囲むように設計されており、1793年以来、ブランデンブルク門には勝利の象徴である「クアドリガ」というローマ帝国時代の四頭立て二輪馬車が冠されています。

ブランデンブルク門の「クアドリガ」は、勝利の女神ヴィクトリアが4頭の馬が引く戦車に乗っているデザインで、ヨハン・ゴットフリート・シャドーによってデザインされました。
この「クアドリガ」は、ナポレオンが1806年にフランスとの戦いに敗れた後、一度パリに持ち帰ってしまいましたが、1814年に元の場所に戻されました。

第二次世界大戦中には、東ベルリンと西ベルリンとの境界線が門のすぐ西側に引かれ、門は東ベルリン側になりました。
戦争中に激しく破壊され、クアドリガも、馬の頭一頭以外すべて壊されてしまいましたが、1956年より東ベルリンにより修復され、ヴィクトリアの持つ杖の先は、社会主義国らしくなるよう平和の象徴であるオリーブの枝に変えられました。
1989年にベルリンの壁が崩壊し、再び門の下を通行できるようになると、ヴィクトリアの持つ杖の先は再び鉄十字に戻され、門は2000年12月より清掃と改修工事が行われることになりました。

今ではドイツ東西の分離と統合のシンボルとしてドイツのユーロ硬貨の裏面に彫刻され、全ドイツ国民から愛される建築物の一つです。

2. ミュンヘン・オリンピアシュタディオン

moerschyによるPixabayからの画像

ミュンヘン・オリンピアシュタディオンは、1972年の夏季オリンピックのために建設されたオリンピック公園の中心地です。
建築家ギュンター・ベーニッシュ(Günter Behnisch)と構造家フライ・オットーを中心とした建築家のグループにより、周囲の景観と調和したオーバーヴィーゼンフェルトのスタジアムを設計されました。
スタジアムのトレードマークとなった、隣接するオリンピック公園と複合施設を結んでいる、蜘蛛の巣のようなユニークで精巧なテント屋根構造は、「ベドウィンのテント」とも呼ばれています。

また、ミュンヘン・オリンピアシュタディオンは、アンダーソイルヒーティングがドイツのスタジアム建設の歴史で初めて、オリンピックスタジアムに導入されたことでも有名です。
アンダーソイルヒーティングとは、様々な芝生を表面に持つスポーツスタジアムで使用されている暖房方法で、雪や氷などによる影響を受けないようにピッチの下側を加熱する仕組みです。これにより、悪天候により試合を延期することを避けることができました。

オリンピック競技後は、ロックコンサートやサッカーの試合が施設内で行われることが多く、特に、1972年から2005年の間、FCバイエルン・ミュンヘンがこのオリンピアシュタディオンでホームゲームを行っていたことでも有名です。

さらに、1974年のワールドカップと1988年の欧州選手権の決勝戦、1973年のTSV1860ミュンヘン対FCアウクスブルク戦でも使用されました。
現在でも、主に陸上競技や文化イベントなどで幅広い用途で使用されています。

3. ライヒスターク

WetandiによるPixabayからの画像

ライヒスタークとは、ベルリンのミッテ区にある国会議事堂のことです。
建築家ポール・ワロットによりネオ・ルネッサンス様式でデザインされたこの国会議事堂は、皇帝ヴィルヘルムが3000万マルクをかけて最初の礎石を置き建設が始まり、10年の歳月をかけて1894年に完成しました。
当時、建物頂上の鉄とガラスのドームは最先端技術の粋といわれました。

第一次世界大戦中には、西門の上にあるアーチトラーブにピーター・ベーレンスが特別にデザインした書体で「ドイツ民族」を意味する「Dem Deutschen Volke」という碑文が追加されました。

その後、ドイツ革命を経て、1933年2月27日にライヒスタークは謎の出火で炎上します。ライヒスタークはこの火災によって全焼してしまいましたが、その後も建物は修復されず、第二次世界大戦中に廃墟となってしまいました。

のちの1964年にパウル・バウムガルテンの設計で、内部が利用できるよう部分修復が行われ、ライヒスタークは1970年までに再建されることになりました。

それ以降はドイツ連邦議会が主に会議に使用していましたが、連邦政府がボンからベルリンに移転した際、英国建築家のノーマン・フォスター卿により1991年から1999年にかけて、未来を見据えたエネルギーコンセプトを実現する近代的な国会議事堂へと改造され、1998年からはライヒスタークがドイツ連邦議会の正式な議場となりました。

1995年の夏には、パッケージアーティストで環境アート作品を作成していた芸術家夫婦のクリストとジャンヌ=クロードが約7億円かけて行った壮大なラッピングプロジェクトを行いました。
このプロジェクトで、ライヒスタークはポリプロピレン布ですべて覆い隠され、2週間でなんと500万人もの人を動員したそうです。

4. ヴァルトブルク城

lappingによるPixabayからの画像

ヴァルトブルク城は、トゥーリンゲン州の町アイゼナッハからほど近い標高411メートルのヴァルトブルクにある、ユネスコ世界文化遺産に登録された、漆黒の外見が特徴的な史跡です。

ヴァルトブルク城は、主要建築物が主に後期ロマネスク様式で建てられ、その美しさでも大変有名ですが、実は歴史的に最も興味深いドイツの城郭群の一つであり、ドイツの最大の魅力の一つと言われています。

ここで、ヴァルトブルクの面白い伝説をご紹介します。

伝説①「城の起源」

騎士ルートヴィヒが狩猟旅行中に、美しい森の中の山を見て、「待て(ドイツ語で”Wart”)、山よ、お前は俺の城(ドイツ語で”Burg”)になれ!」と叫び、1067年にヴァルトブルク(Wartburg)を建国した。

城の存在は1080年から歴史的に記録されており、すぐに要塞としてだけでなく、政府や代表者のためにも利用されるようになったと言われています。

diddi4によるPixabayからの画像

伝説②「城の名前の由来」

ルートヴィヒはある日、狩りに行き、獣を追いかけているうちにある山に到達した。後からくる家臣の到着をまっているうちにその山が気に入ってしまい、自分の領地に組み入れる作戦を立て、とうとうそこに自分の城を建設した。家臣の到着を「待った」(”warten”)ので「待つ城」(“Wartburg”)と命名した。

伝説③「ヴァルトブルクの歌合戦」

12世紀ドイツの芸術保護で著名なテューリンゲン方伯ヘルマン1世の宮廷で歌のコンテストが催された。

この伝説は学問的には証明されていませんが、リヒャルト・ワーグナーが「ヴァルトブルクの歌合戦」の伝説をもとに楽劇『タンホイザー』を作成したことで良く知られているそうです。

ヴァルトブルク城にある「歌合戦の間」にはこの伝説にある歌合戦の様子が壁画として飾られています。

引用:Singer’s hall in the palace of the Wartburg: Holger Uwe Schmitt

また、ヴァルトブルク城で特に大きくエレガントな「祝宴の間」はあの有名なノイシュバンシュタイン城のモデルになったと言われています。

引用: Der Festsaal im Palas der Wartburg in Eisenach, Thüringen, Deutschland: J.-H. Janßen

5. コメルツ銀行タワー

Daniel MarxによるPixabayからの画像

コメルツバンクタワーは、建築家のノーマン・フォスターによってデザインされたフランクフルトの中心部にある65階建ての超高層ビルです。
1997年以来、カイザー広場にそびえ立ち、古い高層ビルとともにコメルツ銀行の本社ビル群を形成しています。

かつて、高さ259メートルのこのコメルツ銀行タワーはヨーロッパで最も高いとされていました。しかし、その後、2003年にモスクワのトライアンフ・パレスに取って代わられました。

ノーマン・フォスターは、設計において、エネルギーを極力使わない環境に配慮した建築(「グリーン・ビルディング」)を目指し、超高層ビルの屋上まで貫く高さ259mのアトリウムをビルの中心に作りました。
ビルのフロアは9階ごとに区切られおり、そこに組み込まれたアトリウムエリアには9つのテーマの「スカイ・ガーデン」が挟みこまれています。

この9つの「スカイ・ガーデン」では、様々な植生ゾーンを具現化され、4フロアに渡って螺旋状に配置されているのが魅力とされています。
また、スカイガーデンの窓を開閉することにより、新鮮な外気が各ガーデンからアトリウムを通ってオフィスの隅々にまで行き渡る自然換気が実現されています。

そして、そのアトリウムの周りには一辺60mの三角形を構成するようにオフィス空間が配置されており、このフレーム構造は世界でも類を見ないものとされています。

また、これほどまでに大掛かりな建物全体の重量20万トンは、この三角形の各頂点に位置するコアによって支えてられています。

この超高層を支える構造、換気や冷暖房などのエネルギーを無駄遣いしないエコロジカルで快適なオフィス空間は、のちにマレーシア・ペナンのMBFタワーやロンドンのロンドン市庁舎ビル、セント・メリー・アクス30番地(スイス・リ本社ビル)など、ノーマン・フォスターが設計した他のビルにも応用されました。

いかがでしたでしょうか。
ドイツには、歴史的なものから現代的なものまで、様々な建築物を目にすることができます。
建物ごとの歴史的背景や工夫を凝らしたデザインを知れば知るほど、ドイツ建築の魅力に引き込まれます。

ドイツに来られた際には、ビールとソーセージを片手に、建築巡りをされてみてはいかがでしょうか?

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